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    このどこの誰とも判らない相手を満更知らぬでもないらしい様子を見せながら、房一は手早く書きこむと、

    それは背広姿に、遠目にもはつきりと判る緑色のソフトをかぶつた男であつた。

    と、房一は小谷に向つて訊いた。

    対診に来てくれた練吉のことを気にかけているのだつた。

    「いつたい、今日は何ごとかの」

    「よろしい。承知した」

    「やあ」

    昨年の冬あたりから、何を思つたのか彼は写真に残つている先代のやうに髯をのばしはじめた。最初のうちはもじやもじやしたごま塩の汚たならしい色で、皆から可笑をかしがられてばかりいたが、のびるにしたがつて白味を加へ、似合つて来、そのあることがあたり前にさへなつていた。殊に病中には、彼がもどかしがつて口をあくあくさせる度に、髯のはしがびりびりふるへ、はね返り、遠くにいても彼が何か云ひたがつていることが判つたくらいで、したがつて彼の身にもついていれば、はたの者の目にもすつかり馴染まれていたのである。

    「あ、ちがふ、ちがふ。さういふんぢやないんだよ。この辺へ来るわけぢやないよ。船は船だらうが、四国の松山といふ所へ収容所ができるらしいんだな。そこへ運ばれるんだ。――こんな所を通るわけぢやないよ」

    間もなく二人は来た時と同じに、つれ立つて、いくらか日蔭のできた路を、どういふものかどちらも自転車に乗らうとはしないで、押しながら歩いていた。

    「もはやお膳も据ゑていたゞきましたし、これで十分頂戴いたしたも同然でありますから、甚だ失礼ながらお先きに御免を蒙ります」

    「ねえ、高間さん。まあ、こつちへお寄んなさい」

    彼はもう少しで最も善い友人に向ふやうに考へごとを打ち明けるところだつた。

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